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自己紹介

サブカル好きの社会不適合者です。

ハンドルネーム UMA (ユーマ)
性別
年齢 31
職業 元製造業者
当時の年収 260万くらい (勤続10年)
趣味  古本漫画集め・PCタイピングゲーム
 好きなアーティスト   タイマーズ・筋肉少女帯
トレード環境  自作PCと17インチ液晶モニター 



生活スタイル

実家に寄生している。
一応炊事洗濯は自分で行っている。
生活費を抑えるため、遊びには出歩かない。
週一、二回の食料の買出し以外は、ほとんど外へは出ない。
会社を辞めてからは、完全な引きこもりと化した。

現在アルバイトなどは行っておらず、貯金を切り崩しての生活。
また、会社員時代に怪しい投資会社に投資をしており、その投資資金の入金がある。
が、その投資会社がつぶれかけており、入金が停止。
貯金がやばくなり次第、兼業トレーダーに転身するかも。


投資スタイルの歴史


2006年 会社員時代

種銭50万からスタート。
会社に通いながらたまにスイングトレードを行う。
平日が休みの日にはデイトレードも行った。
だが、手数料最凶のマネックスで行ったからたまらない。
1取引につき片道で1,000円以上とられる。
たまらず定額制にするも、種50万程度で一日2,625円は高すぎる。
下手な上に、この手数料もあいまって年末には20万まで減らす。

途中から、このまま続けても金が減るだけと、取引を控えることにした。
仕事を終えて帰宅、チャートや相場の確認を行う毎日だった。


2007年 専業スタート

1月末に会社を退職し、専業トレーダーとしてスタート。
種銭を25万に改め、手数料が安いジョインベスト証券に口座を開いた。
以後、取引はジョイン、株の監視はマネックスで行う。


現物取引のみで、順張りしかできなかった。
順張りだけでなく、逆張りの習得も目指すことにする。

感情と勢いだけのトレード。
相場の流れや空気などは理解できなかった。
高騰している銘柄に考えなしに全力買いで突っ込んでいた。


10月に信用取引を開始。
空売りをするうちに、底値がだんだんわかってくる。
空売りのおかげで自然と急落拾いや逆張りも身についた。(ただし、下手)

一年を通してコツコツドカンを繰り返す。
10月に再び爆死をし、信用枠が消滅。

11月、売買に対して躊躇するようになってしまう、
結果、乗り遅れ切り遅れが目立つようになった。
精神面でのもろさが目立つ。

またこの月、
当時まで掲示板やメールフォームを設置していたが、結局人に甘えてしまうので、
種銭が60万になるまでは閉鎖することにした。


12月、11月のトラウマを克服し取り引数も増えてきた。
しかし、利幅がまったく取れず資金が増えない。
ラスト2週で今年最大の爆死を繰り返し、種銭割れと最安値を更新して年を終えた。

当初に比べると、相場の流れや値動きのパターンなどを学習。
取引も理由をつけて動くようになった。(ただし、下手)
知識や技術は確かについてきているが、感情面がまったくダメ。
2008年は、リスク管理の徹底と感情面の強化を目標とする。


2008年 マイルール制定

1月、去年の爆死を反省し、守りのマイルールを作ってトレードした。
爆死防止のため、一取引の金額を1,000円程度と一定にする。
大きく張らないことで爆死を防止し、損切りもしやすくした。
結果は爆死を防げたが、相変わらず薄利だった。

2月、薄利を反省し、攻めのマイルールを作った。
カラ売りの影響か、上昇相場に反応できなくなり、
順張りが苦手となってしまっていた。
自分の得意とする逆張りのスキャルピングを主体とし、攻めまくる。
当然1月に作った守りのマイルールも遂行した。
結果として種銭が復活し、1月よりも稼げたが、まだ足りない。

3月、損切りの甘さが露呈した。
稼ぎは2月とさほど変わらないが、爆死を繰り返しマイナスで終わる。
安定して稼ぐことは出来るようになってきたが、
損切りが甘く稼ぎをすべて削ってしまう。
日記を参考に、今までの行動から損切りのルールを検討。
一番は、取引中の客観性の無さが原因と判断。
守りのマイルールに加え、休みのマイルールを作った。

4月、日経が底打ちをし、反転しだした。
出来高の少ない、じり高相場が始まった。
これまで、下落相場に乗じた急落のスキャルピング主体で動いていたため、
ほとんどチャンスを失ってしまう。
しかし、損切りのおかげでプラスにすることが出来た。

5月、順調に種銭が回復し、2週目の5/8。
ついに待望の信用枠が復活した。
だが、相変わらずの甘いリスク管理。
爆死を繰り返し、信用枠割れに怯える日々となった。

6月、少しは種が増え、信用枠割れの懸念も薄らいだが、
今度はナンピン癖がついてしまう。
再三にわたるナンピンの末、6/12、ついに大爆死をしてしまう。
現物のみならず、信用でのリスク管理の必要性も感じた。
6/30、ナンピン地獄に苦しみながらも、ついに鬼門である30万円台を突破。
かろうじて資産を、40万円台に乗せた。

またこの時期、発注専門であったジョインベスト証券が突然の手数料値上げ。
デイトレーダーたちに衝撃が走る。
だがこの時、タイミング良く岡三オンライン証券が、
3ヶ月間の手数料無料キャンペーンを行うと発表。
7月から発注会社を岡三に引越しし、更なる資金増加に臨むこととなった。


7月、手数料無料が強力に作用し、トレード史上最高の成績を収める。
種銭を、会社員時代のスタートラインである50万まで戻すことに成功した。

8月からは、1ティック1,200円の取り引きの上限を、2,000円に切り上げ、
資産の増加に挑むことにした。


しかし、8〜9月、無料期間中ずっと資産は横ばい。
10月に日経が底割れ、未曾有の暴落相場が始まった。
腕の無い俺は静観するしかなくボーっと座っているだけの日が続いた。
最終日にはまたしても爆死をしてしまう。

この爆死を機に取り引き内容を検討。
ナンピンはやらないほうが若干お得と気が付き、禁止した。

11月ナンピン禁止をした矢先、仕手株の終焉に安易に逆張り。
これに逆上しルール破ってナンピン大爆死。
トレード至上最悪の-10万円を叩き出した。

12月、年末、外人の休暇、
株券電子化に伴う一部銘柄の売買停止などが相まって、
史上最悪の閑散相場となった。
この時期、閑散相場に危機を感じ、FX取り引きも開始した。
これによって辛うじて精神を保った。


2008年も年中通してコツコツドカンを繰り返した。
先に進めないのは精神が原因と考えた。
2009年は精神の強化を目標とする。


2009年 リタイア

株の低迷により、日に日に人が減っていった。
売買代金2兆円規模と言われる株式市場が、
連日1兆円が当たり前となってきた。
動きがなくチャンスが無い。
連日座っているだけだった。

1月2月と何とか凌ぐも、
3月13日、とうとう我慢の限界を超えた。
株を諦め、FXに専念する決意を固める。
3/16日からはFXに賭けることに決めた。


だが、FXを開始早々爆死を連発。
戦意を喪失し、生まれて初めて困難から逃げ出した。
人生において最大の窮地に立たされる。

4月、相変わらずの爆死を連発。
種銭が底を尽き退場となった。